志井和夫ハケーン

Franciszek2006-11-22

 午前中、偶然にもA-Leoに遭遇。しばらく立ち話。いや、塾講大変みたいやね。で、この後ピアノを弾く。今日は手洗うてすぐ弾いたから、手が凍って動きません。で、以前みつけたhttp://www.youtube.com/watch?v=Hgcs20WCebUを(といふより、furiantで検索してでてきたのがこれだけやった)、最初の方だけ弾いてみた。楽譜あったら余裕で初見で行けさうやけど、実際は誰作曲かすら分からへんから(たぶんちょっとした初心者用の練習曲なんやらうけど)、音感と指の動きで音を覚えてその記憶で弾いた。まあ2回も弾いたら普通にいけますな。昼は久々に南海で。隣に座ったをっさんが近畿人でやや親近感を持つ。この後授業に出てから、赤坂へ。赤坂新町の越南料理店で夕食を取る。壇ふみ橋本龍太郎吉永小百合畑正憲・陳美齢(アグネス)の色紙ハケーン。橋本龍太郎って絵うまいなとか思ひながら見る(写真参照)。料理は、、、餅潮とかいふの頼んだけど、お好み焼きの中にもやしが大量に入っとったりした。皮もなかなか香ばしいし、あとは野菜が大量に添へてあったりする。で、食後、店の人と色々話す(まだ時間早いから人が少ない)。どうも、越南料理と和食が似とうことについてはお互ひ同意したみたい。実際、支那料理より近いのは確かでせう。で、店の人によると、恵俊彰がここの常連らしい。この後、霊南坂町のソレイユトリヰサールに行く。前見事に当たったСанкт-Петербургская академическая Филармонияのコンセール(Темирканов指揮)。何故か、中学生の一団を見かけた。前半1曲目は、ЛядовのКикимора序曲。ようわからん曲。2曲目は、Чайковскийのピアノ協奏曲第1番。ピアノが妙に柔らかい演奏やったけど、これがオケと合うとうかは結構疑問。第3楽章はえらい速い。で、中休み中に1階行ったら、、、共産党委員長の志井和夫氏ハケーン。極右を装うて憲法第9条について語るのも面白いかって思うたけど、そんなことはせんかった。で、席に戻る途中でこてかん幽霊会員のO君ハケーン。結構久しぶりやな。K氏@名古屋とよう逢ふらしい。で、後半はШостаковичのПеснь о лесах。ソ連の植林事業を称へた歌らしい。っていふか、歌詞やばいね。植林事業でソ連が豊かで平和な国になるのを妄想。曲は割と平和主義的で(戦争を歌うた部分もあるけど、それも侵略者を撃退した的な感じ)、大部分はШостаковичらしさは少ないかな。で、最後は「賢明な指導者Сталинに栄光あれ」みたいな感じで終はる(たぶん、全て朝鮮語に翻訳して、Ленинを金日成に、Сталинを金正日に変へたら普通に北朝鮮で演奏できるやらう)。恐怖政治を望みながらも口先では平和主義的な点はサヨクと相通ずるところがある。なるほど、何故志井氏が来たんかよう分かりましたよ。で、あの中学生の一団、ただ単に何も知らず芸術鑑賞で来たんか、それとも思想教育のために来たんか、疑問になってった。っていふか、中学生にПеснь о лесахは危険すぎるんやないやらうか、、、この世の中、Hitlerの悪行の数々は語られても、Сталинの悪行の数々が語られることは少ない。といふより、僕が初めてСталинの名前を知ったのは中学2〜3年の時で、それもたまたま世界史の教科書の先の方を読んで初めて知ったってとこである。それも教科書には、政敵を死刑にしたといふ程度にしか載ってへんし、Hitler並かそれ以上の悪逆非道侵略虐殺独裁者であることを知ったのはもう少し後である。そこで何も知らん人が「Сталинはソ連を平和で豊かな国にせうとした偉大な指導者や」と言はれたら、国の基礎を作った偉人、といふ印象を持たれかねへんのやないやらうか。帰りはO君と一緒に。O君が友人を連れてきとって、僕のことを「K氏と同じセルクルの人」って紹介した。K氏とは既に逢うたんや、すごい。帰りは箪笥町の駅から四谷御門経由で帰る。車内で、Dvořákピアノ曲を見せてみたりしながら。さすがのO君も知らん曲ばっかりやったみたい。